はじめに
エンタープライズクラウド本部の小林です。
AWS re:Invent 2025で開催されたセッション「Build, govern, and share Amazon Quick Suite dashboards with Amazon SageMaker (ANT344)」にて、Amazon Quick SuiteとSageMakerを連携し、データ活用現場でよくある悩み「データが見つからない」「野良ダッシュボードが乱立する」という課題の解決策についての講演がありました。
このセッションの全貌をレポートします。データ基盤の整備や全社的なデータ活用推進の一助になれば幸いです。
1. 導入:データ活用における「2つの断絶」
昨今の企業におけるデータ活用環境では、ツールやデータソースの爆発的な増加により、ユーザーが最適な手段を選べない「決定疲労」が起きています。セッションでは、特に分析の現場において2つの深刻な「断絶」が発生していると指摘されました。
発見から可視化への断絶
BIアナリストがデータを探し、アクセス権を得るまでのプロセスが、データエンジニアリングのパイプラインから分断されています。「データがどこにあるか分からない」「申請フローが不明」といった状況が、インサイトを得るまでのリードタイムを長期化させています。ガバナンスの欠如による「野良ダッシュボード」の乱立
個人のワークスペースで作成されたダッシュボードが適切に管理されず、似たようなダッシュボードが組織内に重複して存在しています。これにより、「どのダッシュボードが正(信頼できる情報源)なのか」が不明瞭になっています。
本セッションでは、これらの解決策として「Amazon SageMaker Unified Studio」と「Amazon Quick Suite」の統合ソリューションが提示されました。
2. なぜデータ活用は「疲れる」のか?
選択のパラドックスと決定疲労
バリー・シュワルツ著『選択のパラドックス』にある通り、人間は選択肢が多すぎると決定疲労を起こし、行動が阻害されます。 現在のデータ活用現場はまさにこの状態で、利用者は無数のデータソースやツールの中から「探す」ことに疲弊し、肝心の「分析・活用」にたどり着く前にエネルギーを浪費しています。
現場を阻む具体的な壁
準備工程の負荷
BIアナリストは、可視化の前段階である「データの所在確認」「権限申請」「前処理の重複」に多くの時間を奪われています。再生産されるダッシュボード
統合的なガバナンスがないため、既存の資産(ダッシュボード)が見つけられません。結果として、ゼロから同じようなダッシュボードを作り直す非効率なサイクルが発生しています。
3. SageMaker × Quick Suite による統合ソリューション
この課題に対し、本セッションでは以下のプラットフォームを提示しました。

SageMaker Unified Studio:全データ利用者のための共通基盤
データサイエンティスト、エンジニア、そしてBIアナリストが利用する単一の統合環境です。
職種によって使用するツール(SageMaker AI, Bedrock, Redshiftなど)は異なりますが、データ探索の入り口として「SageMaker catalog」を共有。これにより、職種を超えたコラボレーションと一貫したデータアクセスが可能になります。
Amazon Quick Suite:進化したBIプラットフォーム
従来のQuickSightからリブランディングされた「Amazon Quick Suite」は、以下の要素を統合した包括的なプラットフォームとして紹介されました。
- Quick Index: 外部ソース(SharePoint, Salesforce等)との接続
- Quick Sight: 従来の高度なダッシュボード作成
- Quick Research: 自然言語による調査レポート生成
- Quick Flows: 自動化ワークフロー
これらは「Quick spaces」という概念で管理され、専任のAIエージェント(Custom chat agents)が、スペース内の全情報に基づいて分析を支援することも可能です。
統合のメリット:ダッシュボードもカタログとして管理
SageMaker catalogにおいて、データやAIモデルと同様に「ダッシュボード」も管理対象のアセットとして扱われます。
これにより、データリネージ(来歴)、品質管理、権限管理といったガバナンス機能がダッシュボードにも適用されます。アナリストはカタログ上でデータを発見し、シームレスにQuick Suiteへ遷移して可視化を行えるため、断絶が解消されます。
4. デモ解説:データ発見からダッシュボード共有まで
セッションでは、以下のシナリオで統合ワークフローの実演が行われました。
シナリオ: カスタマーサポートの履歴が顧客の解約(Churn)に影響しているかを分析する

フェーズ1:データの発見とアクセス申請
データアナリスト(Daniel)は、SageMaker Unified Studioで「support metrics」を検索し、カタログ上のテーブルを発見します。
ビジネスコンテキストを確認し、その場で「Subscribe(購読)」ボタンをクリック。データオーナー(Priya)が承認すると、バックグラウンドでAWS Lake Formationが動作し、即座に権限が付与されます。
フェーズ2:分析とデータ準備
ステータスが「Accessible」に変わると、DanielはStudio内のクエリエディタでSQLを実行。解約データとサポートデータを結合し、可視化用の中間テーブルを作成します。
フェーズ3:Quick Suiteへの連携
ここがハイライトです。画面上の「Open in Quick Suite」をクリックすると、以下の処理が自動実行されます。
- SageMakerプロジェクトに対応するQuick Suiteフォルダの作成
- IAMロール・接続情報の引き継ぎ
- データセットの自動生成
DanielはQuick Suiteの画面に遷移後、即座に自然言語でグラフを作成し、ダッシュボードとして公開・共有を完了させました。
5. 顧客事例:Natera社における「Data Mesh」実践
遺伝子検査のリーディングカンパニーであるNatera社は、急成長に伴うデータのサイロ化を防ぐため、SageMakerとQuick Suiteを用いた「Data Meshアーキテクチャ」を採用しています。


分散オーナーシップと統合ガバナンス
ドメイン駆動
ラボ、営業、請求などの各部門がデータのオーナーシップを持ち、データを整形してプッシュする「Collectパターン」を採用しています。カタログによる共有
データ自体は各ドメインにありながら、SageMaker Catalogを通じて全社に「ゴールデンデータセット」として共有しています。データを中央にコピーすることなく、鮮度と透明性を担保する仕組みです。
具体的な成果
ラボ運用の最適化
機器レベルでの稼働状況を可視化し、What-if分析を用いて将来の設備計画を策定。保険請求の自動化
Quick Suiteで保険適用の判定データを分析し、ルールを最適化。自動判定率を約80%まで向上させたとのことです。
まとめと考察
データとダッシュボードを同一のカタログで管理することで、「発見」から「可視化」への断絶を埋めるアプローチと理解しました。個人的な考察として、今後のエンタープライズ導入では以下の2点が検証ポイントになるのではないかと感じました。
コストとリソースのガバナンス
「Open in Quick Suite」の手軽さは魅力的ですが、裏側でのSPICE容量消費やAthena/Redshiftのクエリコストへの影響をどう制御するか。ライフサイクルポリシー等のガードレール設計が重要になります。IaCとCI/CDへの統合
GUIベースで作成されたアセットを、いかにCloudFormation/CDK等でコード管理し、本番環境へデプロイするか。開発と運用のプロセス統合であるとか、また例えばメインで利用しているリージョンで大規模障害が発生した場合の対応確立が、大規模利用の鍵となるのではないかと思います。
データの民主化と統制の両立を目指す組織にとって、SageMaker Unified Studio と Quick Suite の連携は強力な選択肢になりそうです。引き続き、検証を進めていきます。
小林 嵩生 (記事一覧)
導入~設計構築~運用まで何でもしたいなといった感じです。