こんにちは、大石です。

国会議員が育休を取るべきか否かで大もめに揉めているようです。まさかの蓮舫さんまで反対に回ったようで、「取りあえず自民党議員だから反対しとけ」みたいな風潮に政治家の質の低下を懸念せざるを得ません。

議員は何のためにあるのか?「未来の日本を作るため」です。

日本という国を作るために何が必要か?それは人と国土です。この2つが無ければ国とは認められない。そして今、日本という国からとんでもない勢いで人が失われようとしている。これをどうやって止めるのか?(もしくは、止めずにどうやって幸福を追求するのか?)を考えることが国を造る政治家の、党派を超えた喫緊の課題であるはずです。

少子化の理由はある程度明らかになってきており、男女の枠を超えて子育てに参加することが少子化の現実的な解決策として有効だと国も認めている(*)中で、国会議員こそがそうした風潮を率先して作っていかなければいけないはずです。
(*厚生労働省の少子化対策推進基本方針についてにも、「社会全体の取組みとして、国民的な理解と広がりをもって子育て家庭を支援すること」と記されています)

「国会議員なんだから育休とるな」というロジックが成立してしまうと、「医者は人の命を預かっているんだから育休をとるな」とか「インフラを預かっている者は育休をとるな」という具合に、仕事の社会的な責務を理由に育休の取得が阻害されてしまいます。そして、こうしたロジックの蔓延こそが今起きている問題、すなわち蓮舫さんがいう「育休を取れない現実」を生んでいる訳です。
(残念ながら、蓮舫さんに「自分が育休を取れない原因を作っている側の一人だ」という認識は無いようです)

「税金を払っているんだから仕事しろ」というのは、政治家をサービス業かなにかと勘違いしているとしか思えません。政治家こそ最も「成果」で評価がなされるべきで、この国に議論を巻き起こしたという点でも大いに評価されるべきと思います。
また、「サラリーマンより多く給与をもらっているから」というのも理由になりません。それでは給与の高い人と結婚した女性が選択的にキャリアを諦めたりしなくてはいけなくなる。
今私たちに必要なことは、そうした例外無く、社会として男性・女性が均等に育児負担をすることで「働きながらも子供を育てやすい社会をつくる」ことだと思います。

実は私も(残念ながらイクメンとは言いきれませんが)2005-2006年にわたり、一足早く帰って、子供の送り迎えやお風呂に入れたりを手伝っていた時期がありました。そういう時期があったからこそ、子育ての大変さも実感として理解できるし、女性だけに負担を強いることの理不尽さも多少は理解しているつもりです。

もちろん、向き不向きがありますから家庭によっては専業主婦という選択をされても良いと思います。ですが、「女性が泣く泣く専業主婦を選択せざるを得ない」「キャリアを諦めなければいけない」という状況は絶対に終わらせなければいけない。その責任は、国会議員でも民間人でも変わるところはありません。

宮崎さんには、これからも逆風が吹くと思います。厳しい意見も浴びせられると思います。ですが、「未来をつくる」ために、少子化対策は絶対に必要で、それは男性側の仕事の軽重も、給与の多寡も関係ありません。
逆風に負けず、初志を貫徹して頂きたいと切に願います。