いやぁ、最悪ですね。


何が最悪かって、例の宮崎議員です。
私が「宮崎さんが言ってることは正しいから頑張れ!」と応援ブログを書いて、厚切りジェイソンとかサイボウズの青野社長とか業界有名人のみなさんが「そうだそうだ!」と後押ししてくれたのにこのザマです。なんということでしょう・・


失望とはこのことです。
辞職も当然ですね。
「政界復帰にふくみ」なんて言っていますが、もう信じる人はいないでしょう。

 

・・・

 

ですが、それでもやっぱり、私は彼のやろうとしていたことは正しいと思います。

私がもっとも懸念するのは、この件で「国会議員でも育休をとる」という議論が封殺されてしまうことです。国会議員が育休を取れれば、民間企業につとめる人、公務員として働く人、いろいろな人がもっと育休を取りやすい環境が作れたハズです。
そうした議論が暗黙のうちに霧消してしまうのは、誰のためにもなりません。
この件に限らず、私は議論をする際に「誰が言ったのか」ではなく「何を言ったのか」で判断すべきだと信じています。

昔、漢の高祖劉邦は「姉嫁と不倫している」「ワイロを受け取っている」など不逞の輩というウワサがあったものの、知謀に長けた陳平を最後まで使ったことで中国を統一したそうです。
秦の秦王政は、鄭国が韓のスパイ(韓への進行を遅らせるために秦に治水工事を薦めていた)と知りつつも、メリットがあるからという理由で治水工事を行ったことで、結果として秦を強国に押し上げました。

「その人のふるまい」と「言っていること、考え」を分離することで成功した先人の話は、歴史が教えるところでもあります。

 

私の口グセのひとつに「棚に上げろ」というのがあります。
よく社内でも「それは棚に上げて伝えよう」とか「棚に上げて言うけど・・」といって議論をしたりします。
会社で「お前が言うな」という声が上がり始めたらアウトだと思っているのです。

「お前が言うな」が是とされてしまうと、ポジションが上だったり、経験があったり、技術力が上だったりと、聖人君子のような人からしか声が上がらなくなってしまいます。
ですが、会社のオペレーションや文化といった、些細な、しかし重要なことを正していくのは、業種業態にかかわらず「現場の声」のはずです。そうした小さなフィードバックをきちんと改善に活かせるかどうかが、企業として継続し、成長を続けるためには絶対に必要不可欠だと思うのです。
不正会社を起こした会社などは「何を言う」よりも「誰が言う」が優先された結果、現場の声は封殺され、トップ主導の会計不正が常態化してしまったのでしょう。

 

宮崎(元)議員の件は残念です。
残念ですが、私たちが学ぶこともありました。

  1. 国会議員といえども、育休は取り、子育てしやすい社会を作ることは(誰がいったかどうかに関わらず)国民が共有すべき課題であること
  2. 誰が言ったか、そしてその人の行いの是非は棚に上げて、良いと思うことは採りあげること
  3. 自分のことは棚に上げて、それが会社や社会にとって必要だと信じるのであれば、言うべきことは言うこと

 

 

最後に、

 

文春スゲー!